多久市の2年間火災が消えない場所 そこは昔ボタ山だった

多久市に住む友人のところに時々行くことがあるんですが、その道中に毎回気になっている場所があります。

彼の自宅を訪ねるときは、必ず通り道にあるスーパーで手土産を買うのですが、そのスーパーの近くにいつも湯気のような白い煙が立ち上っている里山があるんです。

 

車中から見るのですが、目を凝らさなければ確認できないようなときもあれば、まるでここは温泉地か?と思うぐらい10か所以上あちらこちらから煙が立ち上っているのです!

彼にあったらあれは何なのか聞こうと思うのだが、彼の家に着いた途端、そのことはもうどこかに飛んで行ってしまうw

まったく歳は取りたくないものですなw

でも、先日、やっと思い出して彼に聞いたところ、その真相がはっきりしたのでご紹介します!

伐採した木を燃やして火事になった

友人の話をまとめると…

遡ることおよそ2年前、土地の所有者が木を伐採して燃やしたのだが予想以上に広範囲に火が燃え広がってしまい、あわや山火事になるところだったそうな。

すぐに119番で消防車を呼び消火してもらい事なきを得たそうです。

通常ならここでめでたしめでたしと終わるところなんですが、しかしそううまくはいかなかった!

なんと数日すると、鎮火したはずの里山の山肌から煙が立ち昇っているのが発見され再び119番。

それからというもの、放水して鎮火したと思ったらまた数時間後には白煙が上がるという具合だったそうです。

火事になった里山はじつは昔はボタ山だった

消火しても消火しても消えない火事。

2年間消えずに燃え続ける火事。

なぜ水をかけても火が消えないのかというと、じつは火事になった場所というのは昔はボタ山だったところなのだそうです!

そう、多久市は昔、石炭を採る炭鉱町として栄えたところで、六~七十年前頃までは多久市内のあちらこちらにいくつもの炭鉱があったんです。

私の記憶があるだけでも三菱古賀山炭鉱、明治佐賀炭鉱、立山炭鉱などは有名でしたし、その他にも小さな炭鉱もあったと記憶してます。

当時の小学校は一学年一クラスの生徒数が50人ほど、学級数は10クラスはあったと聞いているので、現代では考えられないほどのかなりのマンモス学校だったようですw

でも、私らの年代だと「ボタ山」という言葉は聞いたことがある人はかなり多くいると思いますが、いまの若い人はほとんど知らないでしょうね。

ボタというのは質の悪い石炭のことで、商品価値が低いため掘り出された石炭からボタを選別して取り除き、そして一定の場所に捨てられていたのです。

ボタ山というのはそのボタが捨てられていた場所で、ボタがどんどん積み重なっていってとうとう山になったところなのです。

これがボタ山↓

質が悪いといっても石炭は石炭。火をつければ燃えるわけでw

そう、運悪く山火事の時に地中に埋まっていたボタに火が着いちゃったわけなんですねw

そんなわけで好奇心旺盛な私は現場まで足を運んじゃいましたw

近くまで来ると、なんだかむかし嗅いだことがある懐かしい臭いがします。

「この臭い何だったかな?」としばらく考えると、蒸気機関車の臭いだと気が付きました。

そう、蒸気機関車は石炭を燃やして機関車を動かしていたんですよねw

ただ近くには民家もあるので、消防車が定期的に見回って来ては放水を続けているそうです。

すぐに消火活動ができるようになのか、小川の土手沿いに放水用のホースが放置、いや設置してありましたw

友人が言うには、すでに100回以上は来ているのではないかということです。

場所はどこ?

佐賀県多久市北多久町小侍。

JR唐津線多久駅から車で5分足らずの、通称、山犬原(やまいぬばる)という地域です。

近くの国道沿いには佐賀県立多久高校や多久郵便局があり、現場付近には「フードウェイ多久店」というスーパーがあります。

そう、そう、ここが私が友人宅を訪ねるときに手土産を調達しているスーパーですw

まとめ

多久市の2年もの間消えないで燃え続けている火事は、昔ボタ山だったところで、伐採した木を燃やしたところ、地中に眠っていた石炭(ボタ)に火が燃え移り、地面の中で燃え続けているものでした。

現時点では、完全に鎮火させる有効な方法は見いだせていないらしく、根気よく消火活動を続けていくより仕方がないということです。

でも、不思議ですよね?

燃えるには酸素が必要なはず。

地中の石炭が燃える酸素はどこから入っているのでしょう?

その空気の流入口を遮断すれば、火は消えるのではないかと考えているのですが…

もちろん素人考えですがw

ただ、付近に住んでおられる方は心配でしょうし、なんとか早く鎮火することを願うばかりです。